図 刀身の各名称

美術館に展示されている刀剣のようにピカピカに化粧研ぎをしたり刃先まで綺麗に研ぎ上がった刀は、実用刀としては優秀とは言えない。例えばテッシュペーパーを小さく畳んで何重にも重ねて丸め、刃先に当てて引いてみる。どれだけ食い込んで切れるかで切れ味がわかる。刃紋が鮮明に見えるように綺麗に研磨した刀はテッシュペーパーの上を滑って切れ込みが浅い。切れ味が悪いということだ。
奇麗に研ぎあがった刀

では砂山に突っ込む代わりに耐水サンドペーパー1500番を水につけて小さな板(幅3cm、長さ10cm程度)に巻き、鎬から刃先方向にかけて10回程度擦る。これを3cmくらいずつ移動しながら行い、物打ち全体に傷をつける。いわゆる寝刃合わせと呼ばれる方法だ。もちろん耐水サンドペーパーよりも砥石を使うほうが効果的だ。寝刃合わせをするとテッシュペーパーへの切れ込みが深くなる。重ねた新聞に刃を乗せて切るとザックリ切れる。もちろん刀身に傷をつけるので見た目は良くない。この作業は決して刃先のみを行おうとしてはいけない。刃先のみを行うと一時的に小刃を付けたことになり、何度もやっていると刀身の変形を招いてしまう。
図、寝刃合わせ刃先のみ

図、寝刃合わせ平地全体

だが、おそらく戦国時代は寝刃合わせの必要がなかったのではないだろうか。というのは戦国時代は折れず曲がらず良く斬れるという3要素を求めたのではなく、折れず曲がらず丈夫で操作性がいい、という要素が必須であったはずだ。甲冑戦なので重ねの厚い蛤刃の刀で、刃毀れしにくく折れにくい刀が好まれたはずだ。刀の研磨に関しても美術的価値を求められた訳ではないので、研ぎについては荒砥(整形)>中目の砥石>細目の砥石 この程度で十分であったはずで、実際にこの程度の研ぎの方が良く斬れる。たったの3工程だ。刀身には砥石目が残っていて寝刃合わせと同じ意味合いを持っている。
柔らかい標的を斬るのなら化粧研ぎを付してあっても刃角さえ鋭ければ良く斬れる。以前に綺麗に研磨された軍刀で刃角が40°近い刀を手に入れたことがある。まさにナタであり刃こぼれの心配がない。しかし巻藁を斬ることすらできない。日本刀の刃角は30°程度と言われている。ナタになると35°以上ある。刺身包丁や柳刃包丁で15°~20°程度。しかもこの刀は蛤部分が刃先に近い。研ぎ直して蛤部分を鎬方向に引き上げ刃角を鋭利にする方法もあるが、これは実戦刀としての意味を失う。
そこで一切研ぎ直しをせずに1000番の耐水サンドペーパーで寝刃合わせをした結果、布を巻いて吊るした豚肉の塊を斬ることができた。直径7cm程度の青竹も斬れた。
写真、竹切断。

しかし、耐水サンドペーパーでインスタントに寝刃合わせをしても刃持が悪いので(長く切れ味が続かない)砥石を使う方がよい。どの程度の目の砥石を使うかは刀身の硬さによって考慮しないとかえって切れ味が落ちる。
日本刀は引き斬ることによって斬れる特性があり、標的の表面を刃が滑ってしまうと食い込むことができず良い結果を得れない。そこで寝刃を合わせて、あえて刃先を少し荒らすことで食い込みを良くすることができる。
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この記事へのコメント
観察者
また武術そのものにもこの事は当てはまるので、
武術修行において色々と考えさせられる記事だと思いました。
有難う御座いました。