![]() ガチ甲冑合戦でわかった実戦で最強の「日本武術」 [ 横山雅始 ] |
↑東邦出版社から発売されている「ガチ甲胄合戦」の本を読んだ人は、もうご存知かもしれませんが(^^)・・・
戦国時代の騎馬武者はどれくらい速かったかというテーマで、短足胴長の犬(ミニチュアダックス)と騎馬武者を比べたり、足軽とどっちか速いか比べたり、いや~、意外な結果に驚きです。
どんなことが書いてあるかというと、こんな内容です。
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時代劇などで勢いよく騎馬武者が密集突撃し、足軽たちを蹴散らしたり槍で騎馬戦をやったりするシーンがよくあるが、はたして戦国時代に本当にこうしたことが行われていたのだろうか。
その時代の日本の馬は時代劇や映画で使われているサラブレッドと同様の馬であったのだろうか。
まず当時の日本の軍馬がどのようなものであったのかを資料から考察してみたい。
鎌倉時代末期の遺跡から128 頭の馬骨が出土した。
この馬骨の調査結果では平均体高は約130cm で、最も高いものでも140cm であった。
推定体重は280kgから360kg。
源義経の名馬(青海波)は145cm 余でその当時の日本では大馬だったらしい。
戦国時代も同様の日本馬の体高とすれば、サラブレッド種は体高160 ~ 170cm で450~500kgであるから甲冑武者が乗ったのは小さな馬ということになる。
戦国時代の戦闘用の軍馬は現在の木曽馬などがであろうと推測されており、特に胃腸が丈夫で胴長そして脚は太短く頑丈な体で、急な坂道や悪路でも平気であったようだ。
戦国時代の武将たちは,時代劇のようにサラブレッドに乗ったイケメン俳優が甲冑をまとって刀をかざして颯爽と走る映画のシーンのように、かっこいい姿ではなかったようだ。
体高の低い小さな胴長短足馬にまたがって、長い槍を抱えて穂先が地面に擦れないように気をつけながらパカパカと進んでいったようだ。
戦国時代に来日し、織田信長や豊臣秀吉ほか戦国大名たちと親交を深めたポルトガル人の宣教師ルイス フロイスは、(日欧文化比較)や(日本史)など多くの著書を残した。
その中で彼は日本の騎馬武者とヨーロッパの騎士の違いについて触れ、日本の騎馬武者は戦場近くへ行くための移動手段として馬を使い、ヨーロッパの騎士は戦闘時の乗り物として考えていて、日本の武者は馬から降りて戦うがヨーロッパの騎士は騎乗で戦うといった内容のことを書いている。
さらに西洋馬は美しいが日本馬は劣るとも記されているが、当時のヨーロッパにサラブレッドは存在していないので、アラブ馬と比較してのことだろう。
アラブ馬の平均体高約150cm、体重約400kg。
※図、馬の体高
さらに戦国時代は軍馬の去勢をしていなかったようで、雄馬同士が喧嘩をするのでヨーロッパのような密集騎馬突撃の発想が生まれなかったようである。
こう考えると映画で観るような武田騎馬軍団の密集騎馬突撃VS織田信長の鉄砲隊による長篠合戦の様子は全く架空のもので、実際は映画や歴史番組の再現シーンとは異なった合戦が行われたことになる。
※図 騎馬武者1
※図 騎馬武者2
(図 騎馬武者1)ではなく(図 騎馬武者2)のように徒士侍(徒歩侍や足軽)の集団に騎馬武者が一騎混じって軍団を構成していたようだ。
後編では戦国時代の実際の馬のスピードについて。
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